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120万人の調査で実証されたmRNAワクチンの有効性

2021.03.01

Updated by Hitoshi Arai on March 1, 2021, 16:57 pm JST

The New England Journal of Medicineという権威ある医学雑誌に、「BNT162b2 mRNA Covid-19 Vaccine in a Nationwide Mass Vaccination Setting」というタイトルの論文が掲載された。著者は、クラリット研究所、ベングリオン大学、ミシガン大学、ハーバードメディカルなど、イスラエルとボストンの研究者10名である。Webでも論文を読むことが可能で、公開日は2月24日となっている。

筆者は医学分野に明るいわけではないが、専門的な箇所はさておいても、この論文の内容がとても衝撃的なのでポイントだけでも紹介したい。それは、596,618人x2=約120万人という多数のイスラエルの人々を追跡調査し、mRNAワクチンの有効性を具体的にフィールドで確認した論文、という点である。

TVや新聞でも度々報道されているように、イスラエルでは、国民の50%程度が既に1回はワクチンの接種が終わっている。本特集でも記事にしたが(「危機管理としての医療」日本の問題点をイスラエルに学ぶ)、イスラエルにはHMO(健康維持機構)と呼ばれる4つの組織が、日本でいう健康保険組合の機能を提供しており、かつ、ほとんどの病院・クリニックがその傘下で経営されている。今回の迅速なワクチン接種も、これらHMOの主導で行われた。本論文の研究も、そのHMOの研究所が中心となって進めている。

調査研究の手法

4つのHMOのうちの最大の組織がクラリットであり、900万人のイスラエル国民の約半数がクラリットの会員になっている。本論文を書いた研究者たちは、クラリットの会員で2020年12月20日から2021年2月1日までの間に新規にワクチン接種した人を選び、その人とほぼ同じ属性の人でまだワクチン接種をしていない人を探して1:1でマッチングさせ、ワクチン接種をした人としていない人を比較しながら経過観察を行ったのである。調査対象としたワクチン接種者、未接種者の数はそれぞれ596,618人。全体で約120万人という大規模な調査だ。

ここでいう「属性」とは、年齢、性別、セクター(一般ユダヤ人、アラブ人、超正統派ユダヤ人)、居住地域、過去5年間のインフルエンザワクチン接種歴(0回、1または2回、3または4回、5回以上)、妊娠、Covid-19の危険因子として同定されている共存疾患の総数、という7種類の情報で決まる。

例えば、30歳の妊娠しているテルアビブに住む女性がワクチンを接種したとすれば、同じく30歳でテルアビブ地区に住む妊娠している女性で、まだワクチン未接種の人を観察対象としてピックアップする。さらに、前述のように、過去のインフルエンザワクチン接種回数や基礎疾患まで考慮して似ている人を選び出す。

この7つの変数が一致する対象を見つけるだけでも大変なことだが、国民一人ひとりの医療データがデータベースとして管理されているイスラエルだからこそ可能になった調査研究だ。マッチング対象が見つからなかった事例もあるだろうから、対象者の調査選定は相当数に及んだはずである。さらに、医療従事者など、ウイルスに暴露する確率の高い人は、マッチング観察対象からは除外されている。こうして選定しマッチングしたペアを継続観察し、ワクチン接種により同じ期間の感染事象がどれくらい減ったかを調べたのだ。

観察のポイントと結果

1:1マッチングを行った対象者約120万人について、ワクチン初回投与から14-20日、21-27日、2回目の投与後7日目以降、という3期間でCovid-19陽性確認、Covid-19症状発症、Covid-19のための入院、Covid-19の重症化、Covid-19による死亡、という5つの事象にワクチン接種がどれだけ影響したかを観察したのである。あくまで、Covid-19に起因する事象だけを選別したようだ。

その結果を以下にまとめる。冒頭で紹介したWebで公開されている論文のFigure 2とTable 2を見ると一目瞭然だ。

●初回投与から14-20日でのワクチン効果
陽性確認:46% 症状発症:57% 入院:74% 重症化:62% 死亡:72%

●21-27日でのワクチン効果
陽性確認:60% 症状発症:66% 入院:78% 重症化:80% 死亡:84%

●2回目の投与後7日目以降のワクチン効果
陽性確認:92% 症状発症:94% 入院:87% 重症化:92% 死亡:N/A

1回のワクチン接種でも、21日以降にはかなりの効果があることが確認されている。そして、2回めの接種後は、さらにその効果が高くなっていることが具体的に示されている。

論文では、詳細なプロセスフロー、統計処理で対象外とした条件など、細かい条件が説明されている。専門的過ぎて筆者には理解の及ばない内容もあるが、興味のある方は原文を参照してほしい。この雑誌に掲載される論文は、査読されて許可されたものだけということなので、内容の信頼性については疑問の余地はないといって間違いないだろう。

イスラエルだけではなく、アメリカ、イギリス、中国など、既にワクチン接種が相当進んでいる国がある中で、日本は医療従事者対象に接種が始まった、という段階だ。主に政治的な意図で「政府の対応の遅れ」を非難する声も多い。しかし、逆に考えれば、全く新しい人類未経験のワクチン接種を積極的に行ったこれらの先駆者と、その結果を科学的に分析しようとする研究者のおかげで、治験の際の2万人という数とは2桁違う120万人を対象としたフィールド検証の結果が得られたのである。後発の我々は、これらの先駆者の努力のお陰で、効果に疑問を持つことなくワクチン接種に臨める、という見方もできる。

繰り返しになるが、120万人という大規模でありながら、2カ月程度でフィールド調査と分析を行ったこのような研究は、ディジタル化されたヘルスケア情報DBがあるイスラエルのような国で初めて可能になる。しかも研究者たちは、その結果を査読のある医学雑誌に論文として発表したのだ。そのスピード感は比類のないもので、世界レベルの危機に対する彼らの貢献は大きい。

日本では、個人情報保護への懸念からマイナンバーなどの国民IDもなかなか普及しないが、デジタルデータ・インフラを整備することと、個人情報保護とを相反するものとして議論すること自体が間違っていないだろうか? 両立するものとしてデジタル・インフラが整備できれば、このような重要な成果を生むことができるのであり、危機管理という側面からもなんとしても両立させなければならない。懸念を払拭するための技術や制度設計側の努力が求められるのはもちろんだが、一方で、人々が科学や技術を尊重し、感情的な情報に振り回されない社会を作ることこそ急務である、と考える。

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新井 均(あらい・ひとし)

NTT武蔵野電気通信研究所にて液晶デバイス関連の研究開発業務に従事後、外資系メーカー、新規参入通信事業者のマネジメントを歴任し、2007年ネクシム・コミュニケーションズ株式会社代表取締役に就任。2014年にネクシムの株式譲渡後、海外(主にイスラエル)企業の日本市場進出を支援するコンサル業務を開始。MITスローンスクール卒業。日本イスラエル親善協会ビジネス交流委員。E-mail: hitoshi.arai@alum.mit.edu