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大きく変わりつつあるイスラエルの政治

2021.09.27

Updated by Hitoshi Arai on September 27, 2021, 16:50 pm JST

Steven J. Klein氏去る9月12日に日本イスラエル親善協会(JIFA)の主催で「Introduction of Israeli Politics and Society」というテーマの講演会がオンラインで開催された。講師はSteven J. Klein氏。テルアビブ大学非常勤教授であり、Haaretz副編集長である。Haaretzはイスラエルの有力新聞で、比較的リベラル寄りといわれる。イスラエルのもう一つの有力紙はJerusaremPostで、こちらは比較的保守的という位置付けだ。Klein氏はアメリカ出身で、デューク大学卒業後にイスラエルへ移住、バルイラン大学で博士号を取得した。現在は、新聞の編集に従事しつつ大学での研究や教育にも携わっている。

田牧陽一氏あまりイスラエルには縁のない人でも、この2年間は繰り返し総選挙があり、最終的には、過去12年間政権を維持したネタニヤフ氏からベネット氏へと政権交代が起きたことはご存知ではなかろうか。なぜこのような混沌とした状況となったのか。今回、我々があまり知ることのないイスラエルの政治について、JIFAの理事でテルアビブ大学で修士号を取得されたた田牧陽一氏の司会により、Klein 氏が解りやすく解説してくれた。日本のマスメディアでは、パレスチナ紛争以外はあまり報じられることのないイスラエルの政治情勢だが、Klein氏によれば今大きな転換点にあるという。講演のポイントをまとめてみたい。

イスラエルの政治システム

まず立法府だが、議会はクネセト(集会を意味する)と呼ばれる一院制で、任期4年の議員120名で構成される。選挙は比例代表制であり、有効投票総数の3.25%以上を獲得した政党に対して、得票数に応じた議席配分をする。そのため、少数政党が乱立しているといって良い状況にある。最大の政党がネタニヤフ前首相が党首のリクードであり、35議席前後である。

必然的に政府は複数政党による連立政権となり、首相については最大党の党首が務めるのが通例だった。政府には元々18省庁があったが、選挙のたびにその数が増え、現在は28あるという。大臣の椅子は、連立に協力した仲間へのリワードの要素があるためだろう。

興味深いのは、ノルウエー法という法律により、大臣に任命された議員はその議席を同じ党の他の人に譲ることができることだ。大臣は省庁の仕事に専心せよ、ということらしい。国会が国家の予算や重要な法律を審議する場であることは間違いないが、予算審議の中ですら、しばしばスキャンダル的な話題の質疑に時間を取られるのは洋の東西を問わないようだ。そんなことに時間を費やさず、大臣は行政に注力せよという意図の制度であれば、ある種の見識であろう。なお、大臣を辞任するときには、当事者は再び議員に戻ることができるという。

最高裁判所の判事は15名であり、選考委員会により指名される。アメリカでは判事は終身任期であることが知られているが、イスラエルは70歳定年である。

連立の背景/宗教政党の存在

イスラエルの連立政権は、歴史的に下記の3要素で構成されてきた。

・major party
・religious party
・minor allies

宗教政党が必ず参加してきたのが特徴である。Klein氏によれば、イスラエルという国家は、歴史的に迫害を受け世界中に離散したユダヤ人が戻れる場所として建設された国家であり、ユダヤ教の宗教政党が含まれることが政府の正当性の基本になる、という考え方があったようだ。無論、連立のための力学もあるだろうが、宗教政党なしで連立が組めた場合でも参画を要請されてきた、とのことである。

その宗教政党自身、1977年以前は中道左派であったが、1977年から1996年は中道右派となり、1996年以降は右派へと転換している。これらの変化には戦争の影響もあったようだが、イスラエル全体が右傾化してきたことにもつながる。

この2年間の混乱の背景は

イスラエルではこの2年間に4回の総選挙が行われたが、その背景には何があったのか。Klein氏は、この点を分かり易く解説してくれた。

その最大の要因は、ネタニヤフ前首相の汚職疑惑にある。2009年から2021年まで12年間続いた政権は、その強力なリーダシップでいくつもの功績を残したが、この長期政権は同時に贈賄などの不正疑惑も生み、反ネタニヤフの勢力は日々増えていった。

2019年4月の選挙では、反ネタニヤフを掲げるガンツ氏率いる政党、青と白(Kahol Lavan)が躍進し、リクードと同数の議席を獲得する。大統領が最初にネタニヤフ氏に組閣を指示するが、決められた期間内に連立が組めなかったために、大統領はガンツ氏にも同様の指示をする。しかし、同じく決められた期間内で連立を組むことができず、二度目の総選挙へと進むことになる。

この時に重要な役割を果たしたのが、5議席しか持たない「我が家イスラエル」という小さな政党の党首、リーベルマン氏である。この政党自体は5議席と少数で、氏は旧ソ連からの移民であり、ロシア系移民の利益代表政党である。彼らの中には、宗教法上はユダヤ人ではなく、帰還法によりイスラエルに移住が許可された人たちも含むと考えられている。彼らは、宗教に縛られない結婚式や葬式、コシャー(ユダヤ教の厳密な食事の規定)で禁じられている豚肉が食べられるレストラン、土曜日の営業など、彼らの関心となる権利を獲得するために、常に連立に加わってきた。

その少数派の政党が、ネタニヤフ氏の不正を看過できないということで、連立に不参加を表明したことで、右派と宗教政党では連立政権を構築できずに膠着状態となったのである。

二回目の9月の選挙でもその膠着状態は続いたが、状況が異なるのはコロナ禍が起きたことである。青と白のガンツ党首は反ネタニヤフで選挙を戦ってきたが、コロナ対応で挙国一致内閣が必要であるという考えから、選挙公約を取り下げリクードとの連立に合意した。しかし、これは誰が見ても無理があった。

Klein氏は、これらの複雑な経緯と政権交代に至る論点を次の5つに集約している。

1)新型コロナとの戦い
迅速なワクチンの確保と接種については、ネタニヤフ氏のリーダーシップは確かに優れていた。しかし、一度目のロックダウンで感染者を抑え込んだ後、ネタニヤフ氏はトランプ政権との蜜月も背景として、ヨルダン川西岸地区への入植、併合へと動く。しかし、国内の支持はさほど得られず、アメリカも乗り気ではなかったために計画は頓挫した。また、アブラハム協定が締結され、アラブ首長国連邦との国交正常化という偉業も成し遂げるが、その流れでコロナ禍にもかかわらずドバイとの空路を開通した。これらの動きが新たなコロナの感染拡大を生み、称賛だけではなく国民の不満も拡がった。彼はワクチン入手などを自分の手柄として誇示するものの、繰り返しの感染拡大で、国民は彼のコロナ対策の政治的キャンペーン色を見抜いたのである。

2)宗教党
リーベルマン氏が連立を離れた理由はネタニヤフ氏の不正疑惑だが、それだけではなく、超正統派の人々の存在と行動も影響したようだ。超正統派の人々は政府のロックダウン命令に従わず、集団結婚式などを続けたり、ワクチン接種を拒否したりしたのでコロナの感染を拡大させた。これに対する人々の不満も大きく、リーベルマン氏は宗教政党に頼らねばならない政府は不要である、という立場を明確にした。

3)汚職
贈収賄疑惑やメディアに対して好意的記事を書くよう要請するなど、ネタニヤフ氏の不正疑惑は以前から広く知られていたが、実際に本人が法廷に立つまでは、「マスコミが彼を悪者に仕立て上げようとしている」というような国民の見方もあった。しかし、実際に本人が法廷に立っている写真が報道されると、人々の意識も変わった。ネタニヤフ氏の行ってきた様々な意思決定は国のためなのか、彼自身のためなのか、という疑問が拡がった。

4)アラブ諸国との国交正常化
誰もが、パレスチナとの和平が実現する前にアラブ諸国と国交正常化することは無理だと思っていたので、アブラハム協定の実現は素晴らしい成果であることは間違いない。ネタニヤフ氏は、自分の力であり成果だと誇示した。しかし、国全体でパンデミックに立ち向かっているこのタイミングで国境を開放するのか、他のやり方もあったのではないか、という疑問も残ったのである。

5)アラブ政党
Klein氏は、これが最も重要な要素だと指摘している。2020年の選挙までは、イスラエルのどの政党もアラブ系政党との連立は望んでいなかった。同時にアラブ系の政党側も、招かれても連立に参加しようとはしなかった。それは、イスラエルとアラブの双方の国家(binational state)を作る、という考え方について、連立を組むことで放棄する、ということを象徴するからである。

ネタニヤフ氏はそれを変えた。分裂したアラブ政党の中に、保守的なイスラム教徒のトップ、マンソール・アッバスが率いる政党があり、ネタニヤフ氏は保守の彼と手を組むことで、左派政党を排除しながら連立政権を樹立できると考えた。しかし、極右の人々はこのアイデアには乗らず、ネタニヤフ氏は連立を樹立できず、これが新しいユニークな連立政権の誕生につながったのである。

新政権の特徴と今後の見通し

ベネット氏率いる新政権には、今までに無かった新しい点が多数ある。

・連立政権の中にアラブ政党が参加している
・ユダヤ教超正統派の政党がいない
・ベネット氏は7議席しか持たないヤミーナ党であり、最大議席の党から首相が出ない初めての例
・2年後には青と白のヤイール・ラピド氏に首相交代する予定
・女性閣僚も多く障害を持つ大臣も誕生した

極右の政党から左派政党までまたがる連立で、しかもアラブ系の政党まで参加している、という状況は、従来では全く想像できなかったことだ。多様性に優れる半面、あらゆる問題についてコンセンサスベースで対応せねばならない政治には、多くの困難が待ち受けているはずだ。しかし、明らかに政治文化が変わったといえるだろう。

これからイスラエルがどうなるかは、誰にも判らない。しかし、講師のKlein氏は大きな期待を寄せていた。これほどの大きな変化は、まさに挑戦、イノベーションの得意なイスラエルならでは、と感じられる。ハイテク、イノベーション、スタートアップばかり取り上げられがちだが、政治というイスラエルについての新たな関心事が生まれた。

注記:ベネット氏の所属する党を我が家イスラエル党(8議席)と記載しましたが、正しくはヤミーナ党(7議席)ですので修正致しました(9/29)。

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新井 均(あらい・ひとし)

NTT武蔵野電気通信研究所にて液晶デバイス関連の研究開発業務に従事後、外資系メーカー、新規参入通信事業者のマネジメントを歴任し、2007年ネクシム・コミュニケーションズ株式会社代表取締役に就任。2014年にネクシムの株式譲渡後、海外(主にイスラエル)企業の日本市場進出を支援するコンサル業務を開始。MITスローンスクール卒業。日本イスラエル親善協会ビジネス交流委員。E-mail: hitoshi.arai@alum.mit.edu