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村上 陽一郎 youichirou_murakami

1936年東京生まれ。専攻は科学史・科学哲学・科学社会学。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。東京大学先端科学技術研究センター長、東洋英和女学院大学学長などを経て、現在、東京大学名誉教授、国際基督教大学名誉教授、豊田工業大学次世代文明センター長、一般財団法人日本アスペン研究所副理事長。2015年に瑞宝中綬章受章。膨大な数の著書・訳書・編著を誇るが、代表的なものに『科学者とは何か』『文明のなかの科学』『あらためて教養とは』『安全学』、シャルガフ『ヘラクレイトスの火』、ファイヤアーベント『知についての三つの対話』、フラー『知識人として生きる』『伊東俊太郎著作集』『大森荘蔵著作集』などがある。幼少より能楽の訓練を受ける一方、チェロのアマチュア演奏家としても活動中。

スーパー書評「ダーウィンが提起した生物の生存経過」
『種の起原』(八杉龍一訳、岩波文庫上下)

『種の起原』は、誰もが知っている書物ですが、さてしかし、読み通すのは邦訳でもかなり大変です。私事ですが、大学の卒業論文と修士論文のテーマが、この書物に絡んでいましたので、原文、和文とも一応読んだのですが、正直なところかなりの難事であったことは確かです。

2025.05.13

スーパー書評「宮澤賢治のイーハトーヴォ」
『グスコーブドリの傳記』 天候に翻弄される農村と科学

羽田書店昭和十六年刊の『グスコーブドリの傳記』は、函入り、硬い表紙の立派な書物ですが、装幀、挿画は横井弘三が担当しています。というより、この書物は、それ自体が横井弘三の作品と言っても過言ではないと思われます。

2025.04.07

「スピリチュアル」ということをどう解すべきなのか?

カタカナ語としての「スピリチュアル」の元になった英語の<spiritual>は、和語に置き換え難いヨーロッパ語の一つの典型でしょう。この英単語は、語源を辿ればラテン語の動詞<spiro>に行きつきます。この語は「息をする」という意味です。

2024.04.13

エリートと教養19 現代日本語考 8 思い付き日本語論「接続詞や副詞的フレーズ」

日本語の特性について、折々感じていることを不機嫌でなく述べてみたいと思います。とは言っても、別段、言語学者でもなく、他の外国語を数多く熟知しているわけでもなく、文芸の専門家でもない私が、これから書いていくことの大半、あるいはすべては、すでに誰かが指摘していることの二番煎じになるでしょうけれど。

2021.05.19

エリートと教養18 現代日本語考 7 「がぁでぇ調」のこと

自らの不敏を曝け出すので、恥ずかしいが、かつて私は、現代世間で流行っている(と思った)話し方、「何々がぁ、どうとかしてぇ」の太字の部分をことさら強調する話し方が、まことに聞き苦しいと書いた。ここには、実は重大な誤認があった。この現象は、もともと「現代」のものではなかったのである。

2021.04.27

【村上陽一郎氏による私塾】専門家とは何か 第1回:専門家に必要な“意外な”覚悟

村上陽一郎氏によるオンライン私塾がスタート。専門家とは何か、専門知とはどのようなものなのか、考えを深めていきます。

2021.04.05

エリートと教養17 「男と女」ジェンダーとは何か? その1

少なくとも、このジェンダーの区別を無視しては、人間の歴史は一切語れません。そこで、現在では触れるのが最も危険なこの話題に、ここではできるだけ穏当な形で挑戦してみることにします。

2021.03.23

エリートと教養16 「食べる」ということの本質

ヒトの生命維持にとって、絶対不可欠な摂食と排泄。どちらも「人間」ではなく、「ヒト」に関わる機能ですが、それだけに「人間」としては、あからさまにそこに踏み込むことへの羞恥とそれに由来する慎み深さが、私たちの文化の中には確かに連綿と受け継がれてきていたはずです。

2021.03.18

エリートと教養15 政治家が操る空疎な「言葉」

政権側の言葉遣いもまた、言いようがないほどに貧しいものです。使われる頻度の最も高い表現は、ダントツで「しっかり」と「万全の対策を講じる」、それに「・・・と連携して」という言葉でしょうか。

2021.03.10

エリートと教養14 政治を報道する「言葉」の選択

2020年は、ウィルス禍と学術会議問題とが、メディアを賑わした。学術会議問題というのは、新規の会員登録の際、会議側が示した候補者リストのなかの六名の方について、政権交代したばかりの菅内閣が任命を「見送った」という出来事である。問題にしたいのは、この事件を報じるメディアの言葉遣いである。

2021.03.05

エリートと教養13 教養とは物知りのことなのか

ウイルス禍で、嫌でも家に閉じ込められる時間が長くなった今、やはりTVは生活の中に必要と感じられるものという感覚が強くなっています。それはそうなのですが、今のTV番組には、事前に予想というか期待していたようなこととは全く違っていたことが幾つかあります。

2021.02.02

スーパー書評「漱石で、できている」9 宮澤賢治の童話 その1

「私」は漱石によって作られた、とかつて書きましたが、「私」の一部(それも軽視できないほどの部分)には賢治も入り込んでいます。かといって、世にある「ケンジアン」とは、自分は少し違うように思っていますが。

2021.01.13