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【いろを象るしごと1】お茶染めを産業に。伝統工芸を刷新していく。職人ではなく起業家として生きていく。

2020.03.19

Updated by Kiyono Hattori on March 19, 2020, 17:28 pm JST

鷲巣染物店の五代目、鷲巣 恭一郎さんは静岡の主産物である「お茶」と伝統工芸「駿河和染」を掛け合わせ、新しい産業「お茶染め」を作り出している。 お茶染めは、お茶を製品化する工程で出る売り物にならない茶葉「残茶」を染料として使用。お茶をじっくり煮出して「染め液」を抽出し、漉して、煮染めていく。 煮出した茶葉は発酵させ、肥料にする。環境への配慮も欠かさない。

鷲巣染物店 五代目鷲巣 恭一郎さん

山吹茶色
茶がかった赤みの深い黄色。金色に近い色合い。

鷲巣さんは静岡県静岡市新間に【DYE’S BASE】 -ダイヤーズベース- という工房を構えている。実家の染物店を継いで、20年。この工房に2年前に引っ越してきた。

工房は静岡駅から歩いて20分ほどの場所で、お茶畑が道沿いに広がる山に囲まれたのどかな所だ。
新間に隣接する服織という地域は、名の通り昔から布に親しまれてきた場所だ。
工房の近くでは有名なイチゴ農家さんのかき氷を食べようと、多くの人が行列をつくっている。夏の午前の太陽のもと、青藍色の建物が目を引く。

少し開いた倉庫の扉から中に一歩踏み入れると、お茶染めのカーテンがふわりと。
風が通り抜ける広々とした工房。
染め直したTシャツがひらひらと揺れる。好みの色合い。

ストイックなものづくりをされている方の独特な緊張感があったが、作業場から笑顔で迎えてくださったことで、緊張もほぐれた。

大きな窓が特徴的な工房。

自宅と仕事場はほぼ一緒になっていた。うなぎの寝床のような家で、出入り口に近い部分が土間の仕事場で、その後ろが生活スペース。お風呂に入るのも、お手洗いに行くのも、靴をはいて仕事場を抜けなければならない。洗濯物は染めものを乾燥させる紐にかけて干していた。

先代が使っていた刷毛。

昔からものづくりは好きだった。一度家を出た後、22歳で家業を継いだ。
きっかけは父である先代が亡くなる少し前の、21歳の時だ。病気を患う父の背中を見て、徐々にやってみようかなと思うようになった。父は病床に臥しながら、薬品の調合を教えてくれた。

父が亡くなったあと、父のお得意さんの仕事を引き継ぎ,
暖簾や半纏を染める依頼仕事をしていた。夜中までずっと働き続ける日々。
それでは、疲弊するのみだと一念発起した。オリジナルの作品がなかったことを
先輩の職人さんに指摘され、自分のオリジナリティを見つめ直す。タイミングよく、知り合いのお茶農家から茶葉をたくさんもらったことをきっかけに伝統的な染めの仕事のかたわら、26歳でお茶染めを始める。
お茶を煮出して、漉した浸出液で布を染めていく方法は、独自に研究をして、考え出したものだ。

息を吹き込まれた茶葉。
廃棄予定の茶葉を使用するため、時々によって手に入る茶葉の種類は異なる。

お茶の葉を煮出す作業。
茶葉が鍋の中で散らばらないよう袋に入れ、低温でじっくり煮出す。
この温度管理が大事。
時間が経ちすぎると、タンニンの成分でグレーに変色してしまう。じっくり観察しながら行う。

木綿の生地で茶葉を漉す

煮出して抽出したあと、手作業で絞り、漉す。

布に色をつけていく。
布を上から吊るして、手繰りながら。
そしてまた。
布が色づいていく。
ただただ地道な作業のなか。
静かな時間。
確かな眼差し。

水が滴り落ちる。
色を象る瞬間。
ずっと待っていた瞬間。

手繰る。繰り返される所作。
温度をじっくりあげながら、煮染めていく。
木酢酸鉄と反応して濃くなっていく。
中の成分が反応し、色の変化の限度まで染めていく。
色は熱を入れるごとに濃くなっていく。じっくり熱することで色は抜けづらくなる。
この温度管理による染め方は、独自に試行錯誤を重ねた賜物。

数々の試行錯誤を経てきた。
かつては、伝統工芸品は作ってさえいれば売れると思っていた。
だが、それでは生計成り立たなくなった。
作ることのみ意識が行ってしまい、販路を開拓することや、利益率を考えたりすることをしてこなかった。

28歳でお茶染めの布を使っての商品を作ったが、思うようには売れなかった。
生活のため、30歳で京都の専門学校に講師として働く。
30歳半ばで売れるものを作りたいと思い、ファッション業界に進出。ストール、シューズなどアパレルのブランドとコラボしていくようになる。

現在40歳。

伝統工芸はその時代の最先端でなくてはならない。
常にアップデートしていく。
そして、いいものであれば残っていく。
言葉の一つひとつに芯の強さを感じる。

軸を立てて計画を作っていく大切さ。
自分で仕事を作り出す、事業主になるという意識。
技術を解放していくこと。

技術を磨きつづけたが、全く製品としては売れなかった。
そしたらいままでの技術はなんだったのだろう、自問の日々が続いた。

今までは職人として生きてきた。
自ら手を動かし、同じものを同じクオリティであげていく職人から、経営者やディレクターの立場になりたい。

薬品の調合方法や時間温度・・それらをレシピにしてわかりやすく、人に教えていき、再現性のある技術と哲学を教え、同じクオリティで、製品をあげてもらう。
それと同時にその製品の販売先を開拓する必要もある。

普及とクオリティという相反する二つが成立することが、産業になっていくうえで必要なことだ。

最後に、思い出したと、ぽつり。

父に言われた言葉。
『人生なんでもすきなことできるよ。好きなことをしなさい。』

お茶染めを産業に。

日常に父の背中を見て育った、あの土間をひらりと抜け出して、
経営者としての眼差しを持った新しい姿が、いまここにある。

 

今製作中のポーチ。
サイドに指が入れられるようになっていて持ちやすい。

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