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人と人工知能がともに賢くなる社会を実現したい
〜ディベート型人工知能のすすめ

社会生活を送るうえで、人はしばしば判断に迷う局面に立たされる。この時、ある議題に対して世の中にある大量の文書を瞬時に解析し、合理的な根拠を示してくれるのが「ディベート型人工知能」だ。独自のリレーション解析技術で、多様な意見や見識を解析し、人の価値観にひもづけて賛否両面から根拠を提示することで、人の判断を支援する。研究チームの柳井主任研究員(デジタルテクノロジーイノベーションセンタメディア知能処理研究部)に開発の経緯を聞いた。

※本記事は日立製作所の研究開発グループが運営する「開発ストーリー」の抄録です。全文はリンク先をご参照ください。

遺伝的プログラミングで過ごした学生時代

柳井:学部4年生の頃から人工知能の研究をしている。時期的には第2次ブーム(注:エキスパートシステムが流行した80年代)はすでに終わっていたが、現在の大騒ぎが始まる前、ということになる。メインテーマは遺伝的プログラミングだ。遺伝的アルゴリズムは最適化の考え方だが、遺伝的プログラミングは遺伝的アルゴリズムと同じような考え方を、プログラムをつくるというところに適用する。遺伝的アルゴリズムは配列の最適化問題だが、その対象を配列ではなくてプログラムに適用するというのが遺伝的プログラミングと言い換えてもいい。

入社してしばらくは画像認識に携わっていた。今でこそ、画像認識は人工知能の最先端となっているが、当時はそのような見方はされていなかった。その後、大量のデータから知識を生み出して提供する技術基盤であるKaaS(Knowledge as a Service)という研究テーマに携わることになったのだが、もともと、(少々大げさだが)"心の社会(注:マービン・ミンスキーの書籍名)"を作りたいという思いがあった。この思いは今も変っていない。「心の社会」のような考え方に基づく人工知能システム、つまり"多数の小さな思考の構成要素(思考素)のインタラクションで知性を発現する人工知能システム"をつくりたいと考えている。その一環として、まずは「ディベート型人工知能」を作った。

ディベート型人工知能開発の初期段階では、「言論マップ」の研究をされていた東北大学大学院情報科学研究科の乾健太郎先生との共同研究も実施した。「言論マップ」とは、Web上のさまざまなテキスト情報の間の同意、対立、根拠などの関係を解析する技術で、そこで試行錯誤されたさまざまなアイデアをディベート型人工知能に取り込みたいと考えた。我々の研究チームのメンバの一人が、学生時代に乾先生と先輩後輩の関係だったことも、きっかけの1つだった。

ディベート型人工知能がめざす姿

柳井:世の中に多様な"テキスト"がある。その多様なテキスト情報をリサーチして、人の価値観にひもづけて賛否両面から根拠を提示し、意思決定を支援する。こちら側に、今、意思決定する人がいて、人工知能に質問すると、多様なテキストを分析して、賛否両方の立場で根拠を出してくれるといったものだ。将来的にはディベートという形で、人間とコンピュータが議論しながら意思決定をするようになるはず、と考えている。

「再生エネルギーを導入するべきか」という議題を入れたとする。システムの中には、100万件くらいの新聞記事が控えている。これを解析してみる。「私は議題に賛成である。理由として6つの観点がある」「1つ目の観点は経済である。再生可能エネルギーは経済を促進するからだ」「再生可能エネルギーは、エネルギー対策、地球温暖化対策、経済成長の観点から意義が大きく、将来に向けて……」という具合に"仮の答え"が出てくる。

要するに、価値観を軸として議題に対する考え方を整理して提示し、その価値観に対して新聞記事の中に書いてある証拠らしき文を引っ張ってきて表示してくれる。単語の出現率を演算しているわけではなく、人工知能が構文解析して、構文から意味を取ってきている。頻度ベースで解析すると単なるマジョリティの意見になってしまうので価値観のウエイトを抽出する技術が重要になる。

カジノの是非を例にとってみよう。「カジノを導入すべきかどうか」は典型的なわかりやすいお題だ。経済を重視する人は賛成だが、治安・地域の暮らしやすさ・依存症対策を重視する人は反対になる。どっちが正しいか、悪いかということではなくて、どういう価値観を持っているかでその意思決定が変わってくる。人工知能の中に"価値観"が定義されていなくてはいけなくて、その人工知能が持つ価値観に照らし合わせて、判断指標を出すということになる。カジノも、賛成側モードと反対側モードを切り替えて議論する。カジノの禁止に反対という観点を提供すると、カジノのいいところ、例えば雇用が増やせる、収入が増える、財政が良くなる、経済が良くなる、という結果が出てくる。なので賛否両面を重視したい。賛成側と反対側でそれぞれが強制的に証拠を集めていく、そしてそれらを全部総合した上で、最後は人間が考える。一種の弁証法(aufheben)のようなものだろう。

ただ、これをこのままの形態で製品にしてお客さまに出すということは考えていない。開発の経緯からしても、まずは人間にディベートで勝つ人工知能を作ってみたかった、というのがある。そのときにいろいろな自然言語処理とか推論などの技術ができるので、それはそれでまた別の形でお客さまに届けることができるはず、という観点で研究している。

ディベート型人工知能の根本的な部分にあるのは「関係抽出」という技術だ。例えばカジノがギャンブル依存症を引き起こしているという、そういうテキストの中に現れる事象、「カジノ」という事象と「ギャンブル依存症」という事象があって、そこに因果関係みたいなものがあるというのをテキストから読み取る。つまり、「カジノ」と「ギャンブル依存症」にリレーションがあるとみる。同じことを「専門家が言っている」となれば、信頼性が上がる。その場合、「専門家」と「XがYを引き起こす」ということの間にリレーションがある。というように、ここにいろいろなリレーションを肉付けしていく。我々独自のリレーションを抽出する技術で意味解析を施す。

インテリジェンスとは

柳井:企業のインテリジェンス機能を強化したい。例えばたった今、アメリカの議会でどういうことが議論されているかを日本の中小企業が知ることができたら、次の一手が見えてくるかもしれない。シンプルに表現すれば、インテリジェンスとは「誰が何を考え、次に打ってくる手が何か」を推論することだと考えている。企業視点では、マーケットがどう反応する"可能性"があるか、この組織は何を考えているのか、などを事前に予測することが重要だ。この意味でのインテリジェンスに対するニーズはより一層増えてくるはずだ。そこに役立つような技術にしたい。

ただし、これは単に「もうかればいい」ということではない。例えば、近年、企業の投資価値を判断する指標の一つとして、ESG投資がある。環境(environment)、社会(social)、企業統治(governance)の頭文字をとったもので、この3つを重視することが企業の持続的成長や中長期的収益につながり、財務指標からはみえにくいリスクを排除できるとの発想に基づいたものだ。こういった考えに対する世間や株主の期待のようなものまで予測できるようにしたい。ここで人工知能が価値観を持つことがキーになってくる。マーケティング活動の支援のみならず、マーケティングを無効にしようとする社会の動きのようなものが見えてくると本当の"インテリジェンス"なのかもしれない。ともあれ、一つの価値観におもねるのではなく、いろいろな人が不愉快・不幸にならないような経営判断ができるようになるためのツールになっていければ本望だ。

柳井 孝介柳井 孝介
日立製作所 研究開発グループ
デジタルテクノロジーイノベーションセンタ メディア知能処理研究部 主任研究員

脳の探検『脳の探検』(共立出版、2009年)をお勧めする。マーヴィン・ミンスキー氏が提唱した「心の社会」理論に関する書籍だ。人間の知能はなぜこうなっているのかに関して深い考察がまとめられており、人工知能のアーキテクチャーに関する示唆が多く得られる。人工知能の古典である同氏の書籍「心の社会」の続編ともいえる内容だが、「心の社会」よりは、わかりやすい。たとえば、「価値観がどのように形成され、どのようにして価値観を改めることができるようになるか」「どのように自己モデルを作り、それを使ってどのように自分の行動を予測して、計画を立てるか」「どのようにして人はたった一つの経験から多くのことを学習するか」「経験からだけではなく,他の人に言われたことからいかにして学ぶか」などが、情報処理のプロセスとして説明されている。この書籍から受けたさまざまなインスピレーションが、ディベート型人工知能のソフトウェアとしてのアーキテクチャーにも活きている。つまりこの書籍は「このアイデアを自分がインプリメントしてみたい」と思うような研究ネタが満載なのだ。人工知能関連の研究者には必読書だろう。

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